みえ教育ネットワーク

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思春期とは、大人になるための産みの苦しみが始まる「第二の誕生」の時

 みえ教育ネットワークは来る2月4日にジェフリーすずかで「2012春を呼ぶ!みえ教育ネットワーク教育研究集会」を行います。記念講演(10:30〜)をしていただく高垣忠一郎さん(立命館大学教授/登校拒否・不登校問題を考える全国連絡会代表)の講演記録より、その一部を紹介します。どなたでも参加できます。参加無料。

 思春期は第二の誕生のときといわれます。それは大人になるための産みの苦しみが始まるときです。
 大人になるとは、「これこそ私の人生だ」と自分の人生を引き受け、責任を持てるようになることだと思います。
 私たちの多くは二〇世紀に、日本の社会に、生まれてきました。しかしそのことを自分の意志で選んだ人はいないでしょう。みんな偶然、二〇世紀に、日本の社会に生を与えられたのです。受け身に生を与えられたのです。

 吉野弘さんの詩「I was born」にあるように、「生まれる」ということは「受け身」なのです。その受け身に与えられた生を、「これこそ私の人生だ」と言えるように選び直していく産みの苦しみが始まるのが、思春期なのです。だから思春期のことを「第二の誕生の時」と言うのでしょう。

  私たちの祖父母、そのまた祖父母のころにも子どもが思春期になれば、第二次性徴が発現し、性に目覚める点では今の子どもたちと変わりなかったであろうと思います。しかし、その頃の子どもの多くが「第二の誕生の時」と呼ぶにふさわしいような思春期を経験できたかというと、そうではなかっただろうと思います。

 昔は、どのように生きるのかを生まれや血筋、家柄によって決められていました。またどのように生きるのかを考える余地もないほどに貧しさに追われていました。ところが今日では、多くの子どもたちが、そういう縛りから解放され、曲がりなりにも自分の人生を選んでいける自由と可能性を与えられています。

 だからこそ、今日の子どもたちは自分の人生をどう生きるのかをめぐって、迷ったり、葛藤したりする産みの苦しみを経験できるのです。親も子どもたちに「自分らしい人生を生きてほしい」と願うことができるようになっています。「自分らしさ」とか「自分探し」などという言葉が出てきたのは、まだ最近のことではないでしょうか。私が子どもの頃には「男らしい」とか「女らしい」という言葉は使われても、「自分らしさ」などという言葉は使わなかったように思います。今の子どもたちは「自分らしさ」ということをめぐつて迷ったり、葛藤したりすることもできるようになっているのです。

 ところが今日の社会は「第二の誕生」を難産にする困難を他方で子どもたちに与えています。それが今日の社会を支配している「競争原理」です。思春期は受験競争のまっただ中です。「競争原理」という狭い狭い「産道」をくぐり抜けて、第二の誕生を遂げなければなりません。だから難産になるのです。その難産の苦しみが、今日の思春期の子どものさまざまな問題となって噴出してきているのです
(高垣忠一郎さんの講演記録より抜粋)